天橋立の美しい景観は古くから多くの人に愛され、絵に描かれたり、詩歌に詠まれたりしてきた。京都国立博物館に所蔵される室町時代の水墨画家・雪舟が描いた『天橋立図』は国宝に指定されている。江戸時代前期の儒学者・林鵞峰は『日本国事跡考』の中で、宮城の宮島や広島の松島と並べて称賛し、それが日本三景の始まりとされる。17世紀末に天橋立を訪れた儒学者で本草学者でもあった貝原益軒も、『丹後国天橋立之図』や『己巳紀行(きしきこう)』に記録を残した。後者で「日本の三景の一とするも宜也」と書いていることから、当時から日本三景が広まっていたことがうかがえる。
